メーカー技術系社員のブログ

製造業、工学、科学技術関連ネタのアウトプット、言語化用です

エックス線作業主任者試験 合格に向けて

2023年5月の試験でエックス線作業主任者試験に合格した者です。

前職では生産技術職を担当し、現在は品質保証技術職となりました。非破壊検査技術の業務に携わることになり、主に、航空・宇宙・防衛関連の製品の品質保証を担当しています。非破壊検査の中でも、放射線透過試験(放射線透過検査、RT:Radiography Testing)を担当しています。日々勉強中の身です。

ここでは、エックス線作業主任者試験をこれから受験される方向けに、私の勉強法や経験をもとに、合格に近づく内容を紹介します。

※法令に関しては、2023年時点での内容です。ご利用・ご活用の際は、念のため、ご自身でも確認の上、お願いいたします。間違いがあれば、ご指摘いただけると大変助かります。よろしくお願いいたします。

勉強法

エックス線作業主任者試験の範囲は、以下の4つに分類されます。

①エックス線の管理に関する知識

ほぼ高校物理の範囲内です。

②エックス線の測定に関する知識

高校物理+放射線測定器・線量計の知識+若干の統計学的知識が問われます。

③エックス線の生体に与える影響に関する知識

放射線生物学の範囲です。高校生物を学んだ人は理解が早いと思います。私は物理と化学で大学受験したため、生物に苦しみましたが、体系化して整理すれば理解が深まります。

④関係法令

「電離放射線障害防止規則」(略称:電離則)に関する問題です。電離則は、労働安全衛生法の特別規則として定められています。法令関係は、基本暗記のため、試験直前に集中してやるのがオススメです。

これらの4分野を、試験の1か月前から、過去問を利用して勉強すれば、ほぼ間違いなく合格圏内に入ります。私は以下の過去問集を使って勉強しました。

www.x-goukaku.com

ほかにエックス線作業主任者試験問題集が販売されていますが、あまりオススメできません。理由としては、例えば「エックス線作業主任者試験 合格問題集(オーム社)」は、直近年度の問題と解答が掲載されておらず、特に法令分野は全く最近の試験と傾向が異なります。

また、2021年に4月に電離則が改正されたため、2020年以前の法令の過去問は使わない方が無難かと思います。

www.x-goukaku.com

エックス線作業主任者試験を受験される方は主に社会人かと思います。日々の業務で多忙な中、ご家族がおられる方もいるかと思います。効率的に勉強し、合格を勝ち取り、職場での評価向上に役立てるには戦略が必要です。また、短期間で、自身のX線に関する知識のアップデートにもつながります。

過去問集のみを集中的に、最低過去4年分(春季と秋季があるので、合計8回分)を1周以上繰り返すことで傾向をつかめます。

以下、①~④のポイントを整理します。

①エックス線の管理に関する知識

制動X線と特性X線の違い:

X線は、制動X線(連続X線、制動放射線、白色X線)と特性X線(蛍光X線、固有X線、単色X線)に分かれます。

制動X線の発生イメージは、以下もご参照ください。

www.020329.com

光電効果、コンプトン散乱、電子対生成:

電子が入射する物質が鉛(Pb)のとき、このエネルギーだと、コンプトン散乱が支配的だっけ?光電効果だっけ?と迷うことが多いかと思います。以下はコンプトン散乱が支配的なエネルギー領域になります。これを覚えておけば、迷わずに済みます。

・高原子番号物質(Pb、Feなど):数0.1MeV~数MeV

・低原子番号物質(水や空気など):数0.01MeV~数10MeV

X線の全強度と波長、エネルギーの関係:

紛らわしいため、以下に整理しました。

距離の逆2乗則を使った計算問題(遮蔽計算など):

以下の式を使います。(I:線量率、x:線源からの距離)

X線減弱の式と半価層、1/10価層の関係:

X線の減弱の式から半価層、1/10価層の式変形は以下になります。半価層をh、1/10価層をHとします。

補足 X線γ線の違い(範囲外):

γ線もX線も光子線です。違いは発生源です。γ線原子核から放出され、X線は”原子”から放出されます。また、γ線は放射性同位元素の核種によってエネルギーが決まりますが、X線の場合は、電圧(加速電圧)を上げることで、エネルギーを高めることができます。

②エックス線の測定に関する知識

放射線測定器と線量計の特徴について押さえます。以下は、試験前に私が整理したものです。

放射線測定器の特徴:

線量計の特徴:

以上はエックス線作業主任者試験の範囲ですが、放射線取扱主任者試験を受験される方にもおすすめです。(より詳細な知識が求められます)

時定数と測定器の関係:

時定数を大きくすると(安定するまでの時間が長くなり)

→ 指針のゆらぎが小さく 指示値の相対標準偏差小さく 応答速度遅くなる

時定数を小さくすると(安定するまでの時間が長くなり)

→ 指針のゆらぎが大きく 指示値の相対標準偏差大きく 応答速度速くなる

時定数と放射線測定器の実際は、以下をご参照ください。

www.env.go.jp

計数値、計数率の標準偏差

放射線測定器で計測した結果のばらつきを求めるのに必要な知識です。

計数率x[cps]、計数時間t[s]、計数値N[count]、時定数T[s]とすると、

真の計数率と数え落としの計算方法:

GM計数管での放射線測定で必要な知識です。

真の計数率n0、計数率n、時定数tとすると、

③エックス線の生体に与える影響に関する知識

放射線生物学は、放射線取扱主任者試験でも出題される内容です。体系的・視覚的に整理しておくと、理解が深まります。放射線取扱主任者試験でもかなり役に立ちます。

細胞周期:

横軸に時間、縦軸に感受性が書かれたグラフをよく見受けますが、視覚的に覚えておくのが難しいと思います。M期、G1期、S期、G2期、どの時期が放射線感受性が高かったっけ?と混乱します。

私のオススメは以下の図です。試験場で以下の図をすぐに書き込みます。円を描き、それを4分割。その後、M期、G1期、S期、G2期を記入。最後に、矢印と感受性高・低を記入し、完成です。

OERとRBEの関係:

OER(酸素効果比)とRBE(生物化学的効果比)の特徴を掴みます。こちらも、グラフを使って視覚的に理解します。(横軸が線エネルギー付与LET [keV/um]、縦軸がOER, RBE)

OER, RBE:いずれも線量の比(無次元数) 必ず1より大きくなる

OER:低LET領域では2.5~3.0の値を取る

RBE:低LET領域では1をとる(X線

    LET増大とともに増大し100keV/umで最大、以降は減少

血液細胞の感受性:

・リンパ球は感受性が高く、すぐに減少(ほかは感受性低い)

・白血球は上昇後、減少

生体組織の感受性と組織荷重係数:

感受性は骨髄・リンパがトップ、次に生殖腺

組織荷重係数は生殖腺がトップ、次に骨髄(確率的影響に対する)※

※組織荷重係数はICRP Pub.60 1990年勧告とPub.103 2007年勧告のものがあります。両者で各組織の値の大きさと順位が入れ替わっているので、注意してください。

※ここで示したものは、現国内法のICRP Pub.60 1990年勧告のものです。ちなみに、海外ではPub.103 2007年勧告が使用されています。

確定的影響と確率的影響の整理:

確定的影響と確率的影響に関する内容を一覧にして整理しました。

平均致死線量:

半致死線量 LD50/60 個体の50%が60日以内に死亡

全致死線量 LD100/60 すべての個体が60日以内に死亡

平均致死線量 LD37 放射線感受性に関係 この値が大きいと感受性は低い

死因:

100Gy 中枢神経死

10~100Gy 腸死

3~10Gy 骨髄死(造血機能がやられる、30日以内)

2~3Gy 寿命低下、老化促進

急性放射線障害(しきい値あり=確定的影響):

0~0.5Gy 0.25Gyで血球数に変化

0.5~1.0Gy 放射性宿酔

急性放射線障害の閾値は1Gy

3~5Gy(4Gy) 半致死線量

7Gy 全致死線量

皮膚症状(しきい値あり=確定的影響):

1~3Gy 3週間潜伏 主に軽微な脱毛

5~12Gy 2週間潜伏 充血、膨張、紅斑

12~18Gy 1週間潜伏 水泡、糜爛、永久脱毛

20Gy以上 数日潜伏 長期にわたる潰瘍

胎児ひばく(しきい値あり=確定的影響):

着床前期 → 胚は早期に死ぬが、生き残ったら出生児は正常。0.1Gy程度

器官形成期 → 0.15Gy以上で奇形が発生する恐れ(この時期以外では奇形は生じない)

胎児期 → 0.2Gy以上で精神発達遅れ、0.5Gy以上で発達の遅れ

④関係法令

電離則の内容からポイントとなる部分を抜き出して整理してみました。

健康診断結果提出:

・定期 → 必要

・雇い入れ、配置換え → 不要

健康診断省略:

・定期 → 医師が必要でないと認めた場合のみ、被ばく履歴調査を除いて、全部または一部が省略可能

・雇い入れ、配置変え → 線源の種類によっては省略可能(白内障は省略可能)

※皮膚検査、被爆履歴は必須

30年保存、または、提出して5年保存:

・外部被ばくの個人線量

・健康診断結果

管理区域の外部被ばく算定:

男性:

5年間において、1年の実効線量20mSvを超える → 3月、1年、5年(水晶体と同じ)

5年間において、1年の実効線量20mSvを超えない → 3月、1年(水晶体以外の部位と同じ)

水晶体:

等価線量 3月、1年、5年(男性の20mSv超えと同じ)

ほか(ヒフなど) → 等価線量 3月、1年(男性の20mSv超えないと同じ)

女性:

1か月の実効線量1.7mSvを超える恐れのある → 1月、3月、1年

妊娠中 → 腹部等価線量 1月

事故報告:

水晶体、皮膚の等価線量と以下項目(5年保存すること)

・場所、日時

・状況、原因

・障害

・事業者がとった応急処置内容

被ばく限度(緊急作業時除く):

男性:5年100mSv、かつ、1年50mSv

女性:3か月5mSv(妊娠者:腹部等価線量 妊娠~出産までに2mSv)

水晶体:5年100mSv、かつ、1年50mSv

皮膚:1年500mSv

緊急作業時限度(男女関係なし):

実効線量:100mSv

眼の等価線量:300mSv

皮膚:1Sv

安全衛生管理:

総括安全衛生管理者 → 製造業では常時300人以上の事業所

専属の産業医 → 常時1000人以上の労働者かつ常時有害放射線 または 深夜残業500人以上の労働者

専任の衛生管理者を少なくとも1人 → 常時1000人超えの労働者 または 常時500人以上かつ常時30人以上有害

専任の衛生管理者かつ衛生工学衛星管理者免許を少なくとも1人 → 常時500人以上かつ常時30人以上有害

安全衛生推進者 → 常時10人以上、50人未満 (小規模事業者の場合)

管理区域設定のための線量測定:

1cm線量当量 高さ1m位置で低い方から高い方へ BG(バックグラウンド)を差し引くこと

外部被ばくの算定:

1cm線量当量

皮膚は70um線量当量

水晶体は1cm線量当量、3mm線量当量または70μm線量当量のいずれか(2020年4月の電離則改正内容です)

作業環境測定 労安法に基づく:

1cm線量当量 もし70um線量当量が1cm線量当量の10倍越えのときは、70um線量当量で行う

「指数関数」について考える

今回は指数関数に関する記事を書きます。

 

1. 指数関数的増加

「指数関数的増加」と聞いてみなさんは何を思い浮かべますか?

理工学系のバックグラウンドのある方であれば、「ムーアの法則」が思い浮かぶかもしれません。または、「ねずみ算」かもしれません。

ja.wikipedia.org

以下の書籍では、「デジタル化により、世の中のあらゆるものが指数関数的速度で変化する」と紹介されています。未来に対する危機感、一種の恐怖感を感じますが、ワクワクもします。

www.flierinc.com

指数関数の代表例は、ネイピア数eを底とした関数y=Exp(x)です。これをグラフ化したものが以下です。横軸xが大きくなるにしたがって、縦軸yが急激に増加しているのがわかります。

en.wikipedia.org

 

2. ドラえもんの秘密道具

y=exp(x)のように、指数関数の怖さは、短時間で急激に変化する(増加する)ところです。この怖さを面白おかしく紹介しているYouTube動画が以下です。

www.youtube.com

ドラえもんの秘密道具「バイバイン」が紹介されています。栗饅頭を食べているのび太が「もっと栗饅頭を食べたい!」と言い出し、ドラえもんは「バイバイン」を差し出します。この「バイバイン」の液体を食べ物に振りかけると、その食べ物がなくなるまで、5分おきに倍増するというものです。

食べきればいいのですが、食べきれないとどうなるでしょうか?5分おきに1個が2個、2個が4個、4個が8個・・・と増えていきます。関数で表すとy=2^xとなります。1時間後には、2^12=4096個となり、すでに途方もない数になっています。ドラえもんは「このままでは地球が栗饅頭で埋まってしまう!」と危機感をあらわにし、ロケットに栗饅頭を括り付けて、宇宙空間に廃棄します。この動画では、宇宙空間に廃棄されても持続する、栗饅頭の増殖効果を考察していて、「これで解決するのか?」という疑問を投げかけています。結局、宇宙空間も栗饅頭で埋まってしまうのですが、4次元空間(ドラえもんの4次元ポケット)に廃棄することで解決できると締めくくっています。

 

3. 栗饅頭山の高さは?

この栗饅頭の増加に関して、私なりに考察を付け加えてみました。栗饅頭がある一点で増殖していくと、栗饅頭の山ができるはずです。私は「栗饅頭の山は標高何mになるのか?」と疑問を持ちました。これには「安息角」の概念が必要と思います。

安息角とは、山を構成する物体の摩擦係数によって、山の裾野の角度がある一定に落ち着く角度を指します。主に土木工学で用いられます。

ja.wikipedia.org

例えば、成層火山の富士山は円錐に近い形をしています。以下によると、富士山の安息角は34deg程度とのことです。富士山の頂上から噴火したとして、噴出物が降り積もっても、これ以上急な斜面の山にはなりません。

unit.aist.go.jp

栗饅頭に話を戻し、以下の仮定のもと、栗饅頭山の標高を計算してみます。

  • 経過時間:n[hr]→n[hr]後の栗饅頭の個数は2^12n個
  • 栗饅頭の安息角:30deg(計算しやすくするため)
  • 栗饅頭の寸法:YouTube動画と同じく、4cm×6cm×3cm=72cm^3=72*10^(-6)m^3→これをv[m^3]とする。
  • 栗饅頭山の形状:円錐形→円の半径をr[m]、高さをh[m]、体積をV[m^3]とする。
  • 対流圏界面(対流圏と成層圏の境界)の高さ:11km=11,000m
  • 成層圏界面成層圏と中間圏の境界)の高さ:50km=50,000m
  • 中間圏界面(中間圏と熱圏の境界)の高さ:80km=80,000m
  • 熱圏界面(熱圏と外気圏の境界)の高さ:500km=500,000m(※各種圏界面の高さは以下を参照)

www.natsume.co.jp

栗饅頭の山はいつ対流圏から成層圏に到達し、中間圏、熱圏をも突破して、外気圏(ほぼ宇宙)に到達するのか、計算してみました。

結果、対流圏界面には4.6hr、成層圏界面には5.2hr、中間圏界面には5.4hr、熱圏界面には6.0hrで到達・・・つまり、6hrで外気圏を突破する計算になります。グラフにすると以下になります。次の1hr後にはなんと7500km程度まで増えており、上式を見ると、経過時間n[hr]に対して、高さh[m]は3乗で効いているので、こうなります。

このグラフの縦軸を対数目盛にすると以下のように、直線になります。インプット(横軸)に対して、アウトプット(縦軸)の増加があまりにも大きい場合は、対数グラフを使うと見やすくなります。

宇宙空間に到達した栗饅頭はどうなるのか?そもそも、成層圏に到達した時点でまずは凍り付くのではないか?真空中に達すると栗饅頭は膨張して破裂するのでは?宇宙空間に到達すると、宇宙放射線の影響を受けて電離するのでは?原子状酸素の影響を受けて・・・など考えだすときりがないですが、栗饅頭の形で存在するのは難しいと思われます。

 

4. 機械工学と指数関数

指数関数で思い出すのは、大学時代の講義です。私は機械工学を専攻していて、加工学と材料学の研究に取り組みました。研究室の指導教官から教わった内容は以下です。

いかなる機械システムであっても、出力が入力の何乗で効いてくるか。これを把握しておけば、難しい公式を覚えなくても、現場に出てから、肌感覚でその機械システムが安全なのか否か、設計的に問題ないのか否かがわかる。あとは、必要最低限の物性値を覚えておけば大丈夫だ」

例えば、

  • 「片持ちはり」のたわみは、そのはりの突き出し長さの3乗に比例する(荷重よりも突き出し量が支配的になる)
  • 角棒の断面係数は、厚さの2乗に比例する(幅よりも厚さが剛性に効いてくる)
  • 遠心力は、角速度(速度)の2乗に比例する
  • 放射エネルギーは、絶対温度の4乗に比例する

最低限の物性値とは、空気と水の物性値、機械構造用材料としてよく使われる金属材料の物性値です。

  • 0度での空気と水の密度、動粘度、粘性係数(絶対温度に換算すると、273K)
  • 25度での空気と水の密度、動粘度、粘性係数(1気圧、25度が標準大気状態。この条件で内燃機関の性能計算を行うため)
  • アルミ vs 鉄(炭素鋼)の密度、縦弾性係数(ヤング率)、引張強さ、熱伝導率とそれぞれの関係性

特に、アルミと鉄の間には3倍の関係があり、覚えておくと、いろいろと便利です。

xtech.nikkei.com

生産理論について#2

#1のトヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)に引き続き、#2では制約条件の理論(TOC:Theory of Constraints)について説明します。

 

 

制約条件の理論(TOC:Theory of Constraints)

1. 企業の目的と3つの指標

制約条件の理論(以下TOC)は、イスラエルの物理学者「エリヤフ・ゴールドラット」により提唱された生産理論です。

TOCでは、企業の目的を「お金を儲けること」と定義し、「それ以外の全てのものは目的を達成するための手段に過ぎない」としています。品質向上、顧客満足度向、ステークホルダーへの利益還元なども会社の目的っぽいですが、よくよく考えると、これらは潤沢な資金があって成し遂げられます。つまり、会社は継続的に利益を出し続けることで、これらに貢献できるということです。

そして、「お金を儲けること」に対する評価指標は3つあります。それぞれを説明します。

スループット

販売を通じて作り出すお金

②在庫

販売しようとするものを購入するために投資したすべてのお金(注:#1 TPSの説明での「スループット」は「生産量」を指し、TOCスループットとは異なります)

③業務費用

在庫をスループットに変えるために費やすお金

つまり、スループットが向上し、在庫、業務費用が削減されれば、企業の目的である「お金を儲けること」につながります。

 

2. 依存的事象と統計的変動

スループットを向上させ、在庫と業務費用を削減するためにはどうすれば良いのか?その前に、依存的事象と統計的変動の理解が必要です。

依存的事象:

事象と事象のつながり。「火のない所に煙は立たぬ」です。「ある事象が起きるためには、その前に別の事象が起きている」という考え方です。

統計的変動:

例えば、「仕事のアウトプットの質が毎日全く同じとは限らない」です。日々の体調や気分によって、誰しもアウトプットの質は若干変わってくるはずです。毎時、毎分単位でも変動があるはずです。

そして、重要なのは両者の掛け合わせ「依存的事象×統計的変動」です。この掛け合わせは、工場での生産や事務的な仕事に限らず、日常的に我々が経験していることではないしょうか。

では「依存的事象×統計的変動」によって具体的に何が起こるのか?参考文献の「ザ・ゴール」では、①子供たちの遠足と②サイコロとマッチ棒を使ったゲームが事例として紹介されています。

①子供たちの遠足

子供たちの中には、歩くのが速い人もいれば遅い人もいます。これは、工場の生産で言えば、各工程の能力に対応します。単位時間あたりの生産量が高い工程もあれば、低い工程もあります。

遠足の話に戻り、歩くのが遅い人(Bさん)が、速い人(Aさん、Cさん)に挟まれた場合、以下の図のようになります。AさんとBさんの距離は大きくなり、CさんはBさんの速度に制限を受けます。結果、全体の隊列はどんどん伸びてしまいます。この隊列を3つの指標、スループット、在庫、業務費用に対応させた図が以下になります。

この段階ではスループットは低下し、在庫が積み上がり、キャッチアップのたびに業務費用がかさむという悪循環に陥っています。後ろを歩く人は前の歩く人の速度に影響を受ける「依存的事象」と1人1人の歩く速度は一定にならない「統計的変動」の掛け合わせの結果です。

以上を踏まえると、「各ラインの能力を完全に同期化させ、完璧にラインバランスを取る」という理想的な製造ラインは実現不可能だと理解できます。#1 TPSでは、それを吸収するために、能力の低い工程の直前に「標準手待ち」を用意し、「手待ちのムダ」をなくそうとしました。そして、「標準手持ち」が工程間で必要以上に増殖しないように規制するためのしくみが「カンバン」であり、「小ロット流し」「シングル段取り」を合わせることで、理想形である「ノンストック生産」へと展開していきます。TPSも同じ考え方だと個人的には考えています。

②サイコロとマッチ棒を使ったゲーム

このゲームのルールを図で説明すると以下になります。

参加者は、サイコロを振り、出た目の分だけマッチ棒を隣のお椀に入れることができます。例えば、Aさんは2の目を出したら、2本のマッチ棒をお椀に入れます(Step1参照)。次に、Bさんのサイコロの目は6だったとします。この場合、2つしか流せません(Step2参照)。次にCさんのサイコロの目が1だった場合、マッチ棒は1つしか流せません(Step3参照)。ここで、参加者が5人とすると、サイコロの出る目の平均値は(1+2+3+4+5+6)/6 = 3.5となります。つまり、1人あたり、3.5本のマッチ棒を隣の人に動かせることになります。そして、このゲームを10周行うとすると、最後の5番目の人が出すマッチ棒の数は、35本になるはずです。

実際にゲームを行った結果はどうなったのか?「ザ・ゴール」では20本出てきました。スループットが統計的平均値よりも下回った結果です。35本は市場が求める出来高、つまり、必要量であり、これを目指しても目標の出来高(これをスループットにつなげていく)は出ないということです。

 

3. ボトルネックの発見

上記の①と②の事例を受けて、子供たちの隊列を短くする対策を考えます。スループットを決めているのはボトルネックの存在です。遠足の例だと、隊列の中で一番歩くのが遅い人が該当します。マッチ棒のゲームだと、1周のゲームで一番小さい目を出した人が該当します。実際の生産では、すべての工程の中で、最も能力の低い工程となります。

ボトルネックが全体のスループットを決めているとすれば、ボトルネックを先頭に持ってくれば、後ろの全員がボトルネックに制限を受けます。つまり、隊列は短くなり、在庫と業務費用が減ります。ボトルネックにより、全体がコントロールされている状態です。ですが、これではボトルネックのために、市場が求めるスループットが出せないです。そのため、ボトルネックの能力を上げる工夫をします。遠足の事例では、「ボトルネックの彼がなぜ歩くのが遅いのか?」と原因を調査したところ、必要以上の荷物を持っていたため、歩くのが遅くなっていたという結果でした。そのため、彼の荷物を全員で分担し、彼の負荷を取り除きました。その結果、ボトルネックの彼はスピードアップし、全体のスループット向上を果たせ、目標通りの時間に目的地に到着できました。つまり、在庫と業務費用を削減しながら、市場の求めるスループットを達成したことになります。

かなり華麗なストーリーなので、「いやいや、そもそもボトルネックを先頭に持ってくる工程設計は可能なのか?」「彼がボトルネックを脱し、さらにスピードアップしたら、今度は他の誰かがボトルネックになるのではないか?」「次に能力の低い人が、スピードアップした彼にキャッチアップすることで業務費用を使い、在庫(隊列が伸びる)が発生するのではないか?」というツッコミがありそうです。これについては、次で説明します。

 

4. ボトルネックの発見→活用→強化→管理のサイクル

「ザ・ゴール」によると、在庫と業務費用を削減しながら、市場の求めるスループットを向上するためには、ボトルネックの発見→活用→管理→強化のサイクルを回すことが重要と書かれています。ですが、私は「ザ・ゴール」で説明されている「活用」と「管理」が同じに見えてしまったのと、以下のブログを拝見して、製造業的には以下の方が理にかなっていると感じ、非常に分かりやすかったため、ボトルネックの①発見→②活用→③強化→④管理の流れで説明します。

sekasuku.com

ボトルネックの発見

まずは、現状を把握することで、ボトルネックを発見することがスタートです。工場においてボトルネックを見つけるためのヒントは、工程前の仕掛品の多さ、つまり、モノの滞留が起きている場所です。また、別の視点では、外注部品のリードタイムの長さが挙げられます。例えば、トヨタグループ全企業にTPSが浸透しているといった強力な生産思想の共有がない限り、外注先のリードタイムコントロールは困難と想定されます。リードタイムが長ければ、その部品が必要な作業までに部品が揃わず、次の作業がスタートできない場合が考えられます。

ボトルネックの活用

ボトルネックが見つかったらそれを活用します。遠足、マッチ棒のゲームからも明らかなように、ボトルネックが生産できなかった分だけ、工場全体のスループットが下がります。つまり、ボトルネックスループット律速していると言えます。ボトルネック活用のためには、以下が挙げられます。

  • ボトルネックを止めない(ボトルネックだけ2直、3直制にして常に稼働させる)
  • ボトルネックを通過する部品の優先順位付けをする(ABC分析により、A分類:特急、B分類:準特急、C分類:普通、のように管理の緩急をつける。特急品は優先的に対応する)
  • ボトルネックとなる外注部品を管理する(外注先のリードタイムから逆算し、その部品が必要な作業の開始までに部品集結が可能なよう、外注タイミングをコントロールする。#1 TPSでいう「手待ちのムダ」の排除に該当)
  • ボトルネックで必要以上にモノをつくらない(#1 TPSでの「つくり過ぎのムダ」の排除に該当。カンバンによる仕掛品の工程間滞留量の規制、小ロット流し、シングル段取りの適用)
  • ボトルネックに不良を流さない(ボトルネックが不良を生産したら、手直しにより、コスト増が二重でのしかかる。#1 TPSでの「不良をつくるムダ」の排除に該当。自工程完結を徹底的に行います)

ボトルネックの強化

次にボトルネック自体の能力を向上、すわなち、ボトルネック強化します。あらゆる手を使って、ボトルネック工程の能力向上を目指します。ここで威力を発揮するのがIE(Industrial Engineering)です。IEは以下のように定義されています。

「IEは、価値とムダを顕在化させ、資源を最小化することでその価値を最大限に引き出そうとする見方・考え方であり、それを実現する技術です。仕事のやり方や時間の使い方を工夫して豊かで実りある社会を築くことを狙いとしており、製造業だけでなくサービス産業や農業、公共団体や家庭生活の中でも活用されています。」

www.j-ie.com

引用元:日本IE協会ホームページ

個人的には、「必要最小限のリソースで、最大限の能力を引き出すこと」と理解しています。

「ザ・ゴール」の例を挙げると、ボトルネックの加工工程の処理能力向上のために、すでに導入済みの最新の工作機械に加えて、倉庫に眠っている古い工作機械を使えるようにした事例があります。これは#1 TPSでいう「加工そのもののムダ」を排除した改善と考えられます。最新の工作機械を追加導入するまでもなく、所望の品質を満たせる工作機械であれば、古くてもちゃんと動けば大丈夫ということです。また、熱処理工程では、熱処理中に他の部品の前準備を完了させることで、外段取りの内段取り化を行っています。これは#1 TPSで紹介した「段取りの改善」に当たります。また、今まで異なる熱処理条件で行っていた部品を、切削加工の条件を見直すことで、同一の熱処理条件でバッチ処理できるようにし、炉への投入回数削減を実現しています。

以上のように、知恵を振り絞り、さまざな工夫を適用することで、ボトルネックの能力を高めていきます。

ボトルネックの管理

ボトルネックを強化し続けると、そのボトルネックに次いで能力の低い工程がボトルネックになります。つまり、新たなボトルネック工程が誕生し、ボトルネックが工場のあちこちに移動し始めます。理想論では、ボトルネックが常に同じになっていると、管理がしやすいです。しかし、一般的には、市場の求めるスループット以下の工程は複数存在することが多いと思われます。まずは、最大のボトルネックに手を当て、次に現れたボトルネックを発見し、活用し、強化し、のサイクルを繰り返すことで、工場全体のスループット向上につながります。

 

5. ドラム・バッファ・ロープ

ボトルネックの発見、活用、強化、管理のサイクルを経て、スループット向上を目指しますが、同時に在庫、業務費用削減も達成しなれけば利益創出は叶いません。

ここでは、ボトルネックをペースメーカーにした「つくり過ぎのムダ」「在庫のムダ」「手待ちのムダ」排除について説明します。

ボトルネックをペースメーカーとして、すべての工程の資材(素材、仕掛品、完成品)投入の合図を出す「ドラム」、納期を時間で保護する「バッファ」、早すぎる資材投入を防ぐ「ロープ」、合わせて「ドラム・バッファ・ロープ」と呼びます。

①ドラム

ボトルネックのペースに合わせれば、設備の稼働率を必要以上に上げて、モノをつくり過ぎることはなくなります。擬人化すると、ボトルネック工程がたたくドラムのリズムにしたがって、各工程にモノが投入され、作業が進みます。これによって、素材、仕掛在庫、完成品在庫のすべてが必要最小限に保たれます。

②バッファ

在庫を必要最小限に保つと、予期せぬアクシデントによって納期が守れない可能性がでてきます。そのため、製品リードタイムから逆算して、ボトルネック工程とその前工程の間に時間的余裕を設けます。

③ロープ

先頭工程がボトルネックよりもスピードを上げ始めても、ボトルネックが制約をかけます。まるで、先頭工程が犬、ボトルネック工程が飼い主の関係のように、犬が突っ走っても、飼い主がロープを引っ張って進み過ぎを制限します。(この例えは、飼い主が犬の引っ張る力に負けないことが前提です。力の強い大型犬は大変です)

このドラム・バッファ・ロープは#1 TPSで説明した「カンバン」と同じと言えます。TPSでは、カンバンを各工程でやり取りしていますが、TOCでは、ボトルネック工程がカンバンを発行し、各工程とやり取りをするイメージだと思います。

ここで、「4. ボトルネックの発見」で突っ込んだ内容に対して、答えが出そろったと思いますので、以下に回答します。

  • 「いやいや、そもそもボトルネックを先頭に持ってくる工程設計は可能なのか?」→ 物理的に持ってくることは不可能でも、ボトルネックをペースメーカーと考えれば、「先頭に立つ=指揮官となる」ことは可能です。
  • 「彼がボトルネックを脱し、さらにスピードアップしたら、今度は他の誰かがボトルネックになるのではないか?」→ 新たなボトルネックを発見し、活用、強化、管理のサイクルを繰り返します。
  • 「次の能力の低い人が、スピードアップした彼にキャッチアップすることで業務費用を使い、在庫(隊列が伸びる)が発生するのではないか?」→ 上記、ドラム・バッファ・ロープの考え方を適用します。

 

6. まとめ

これまでの説明を図にまとめました。TPSの7つのムダ排除と関連付けて表現しました。

 

7. 所感

このブログ執筆前からずっと思っていたのですが、TOCとTPSは考え方がかなり似ていると思います。個人的には、TOCはTPSのさらに上位概念にある気がします。TPSは製造現場から生まれたため、自然と製造現場のオペレーションに近い内容となり、TOCは物理学者の視点、つまり、アカデミックな世界から誕生したと考えれば納得感があります。TPSは製造現場から製造現場以外(事務処理や日常生活への展開)へ、TOCはアカデミックな世界から製造業といった実務の世界へ発展していった、つまり、スタートは違ってもゴール、目指すべきところは同じと言えそうです。#1のTPSと同じく、TOCの専門家や実際に生産に活かされている方がおられましたら、是非FBいただけたら幸いです。

 

8. 参考文献

以下、本ブログ執筆にあたり、参考にした書籍になります。

www.amazon.co.jp

www.diamond.co.jp

生産理論について#1

メーカーにて生産技術系の仕事をしています。30代も半ばに差し掛かりつつあり、管理職も見えつつありの中堅社員です。

入社して4年間は生産技術っぽい仕事をしていました。そこから異動を経て、ようやく「生産技術」と自信をもって名乗れる業務を経験してきました。異動当初の業務内容は、扱う内容の抽象度が高く、雲をつかむような感じで大変苦しい思いをしました。しかし、石の上にも3年、ようやく抽象を具体化でき、新たなアイデアによる生産性向上にも取り組めるようになりました。

今回は、生産技術業務を通して学んだ生産理論について、持てる知識を駆使してアウトプットします。#1ではトヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)、#2では制約条件の理論(TOC:Theory of Constraints)について書きます。また、可能な限り、生産理論とともに、製造業の課題であるDXも関連させながら書こうと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

トヨタ生産方式(TPS:Toyota Production System)

1. 概要

トヨタ生産方式(以下TPS)はトヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)の副社長、大野耐一さんにより体系化された生産理論です。

TPSを一言で表すと、「非原価主義」に基づいた生産方式と言えます。自動車に限らず、良い製品・サービスを市場が求める値段で販売し、継続的に利益を得るための生産方式と理解しています。原価ありきで売値を考える「原価+利益=売値」ではなく、売値ありきでいかに利益を創出するか、つまり「売値-原価=利益」ということです。

特にコモディティティ化したものを消費者に買ってもらうためには、コストを下げるしかないです。GAFAに代表されるディジタル・ディスラプターは「無料」という顧客体験をもとに、市場を席捲してきました。非原価主義は、極論を言うと「無料」という世界になるはずです。(以下を参照しました。)

bookplus.nikkei.com

つまり、TPSの考え方では、コストを下げるには、徹底した原価低減しかないということです。作る側の都合で製品・サービス値段を吊り上げることはできないし、そうしたところで結局は顧客は逃げていくと思います。

ではコストだけが価値なのか、というとそうではないと思います。良い製品・サービスには、「顧客が求める機能が備わっていること」または「それ以上の機能が備わっていること」も必要です。

製品・サービスのコストが下がり、機能が向上すれば、その価値は大きく向上します。製品・サービスの持つ価値を、機能÷コストの関係性で表し、システム化された手順に沿って価値の向上を図る手法をVE(価値工学:Value Engineering)と呼びます。TPSとVEは親和性のある考え方と言えます。VEの詳細を知りたい方は以下をご参照ください。

www.sjve.org

 

2. 「ムリ・ムラ・ムダ」について

TPSでは「3ム」または「3M」と呼ばれる「ムリ・ムラ・ムダ」という概念があります。まずはこれらについて説明します。

ムリ

ある作業を実行するにあたって、肉体的、精神的に厳しい状況を指します。安全衛生上の問題が隠れている場合もあり、放置すれば労働災害にもつながりかねません。例を挙げると、重量物の運搬、外観目視検査などの継続的に集中力を要する作業の連続、突発的な作業変更の連続、毎日の深残などが該当すると思います。この状態が継続すると、作業者の安全や製品の品質に悪影響を及ぼします。安全は品質に直結するという考え方がありますが、これは「物理的な安全」「精神的な安全」の2つを指すのだと思います。この両者が脅かされる状況では良い製品・サービスをつくるのは一般的に難しいと考えて良いでしょう。

ムラ

作業にあたる人、日にち、時間帯、製品、ロットによって出来高や品質が変化する状態です。いつでも、どんなときでもアウトプットは一定に保ちたいものです。なぜなら、後述する7つのムダの発生に直結するためです。

また、TPSでは「標準なくしてカイゼンなし」という言葉があります。今日必要な出来高や過不足のない品質、標準作業といった基準があり、基準からの乖離を把握しない限り、良くなっているのか、悪くなっているのか、判断がつきません。基準からの乖離を把握することで「ムラ」がわかり、改善のためのアクションにつなげられます。以上の内容は標準化につながります。

ムダ

「ムダ」を最後にした理由は、「ムリ」と「ムラ」ありきで「ムダ」が発生する場合が多いからです。一番最初に「ムダ」に手を当てる人が多いように思えますが、まずは「ムリ」「ムラ」に焦点を当てるのが良いです。「ムリ」「ムラ」が分かれば自然と「ムダ」が見えてきます。そして、TPSでは「ムダ」は7つに分類されます。以下でそれぞれを解説していきます。

 

3. 7つのムダのついて

前述したとおり、ムダは7種類あります。私が重要と考える順番に並べると、「不良をつくるムダ」「つくり過ぎのムダ」「在庫のムダ」「手待ちのムダ」「加工そのもののムダ」「動作のムダ」「運搬のムダ」となります。この順番で、ムダの詳細とムダを排除するためのアクションを説明します。

3.1. 不良をつくるムダ

一番避けるべき「ムダ」と考えています。不良が初工程で作られ、それに気づかず、後工程に流れていくとします。次の工程で不良が発見されればまだ良いかもしれませんが、これは明らかなムダです。なぜなら、初工程で不良が作られなければ、次工程でそれに作業を加えずに済んだからです。次の工程で気付かずに、さらに次の工程まで不良が流れ・・・を繰り返した結果、出荷検査でNGとなれば、それまでの全ての工程での作業がムダになります。不良にかけた人的リソース、時間、不良在庫がコストとしてのしかかり、さらに手直しによるコスト増も生じます。

この種のムダを排除するためには、自工程完結が必要です。自工程完結とは「各工程で品質をつりこむ」「不良を次の工程に流さない」です。もし不良が出たら、不良を検知して、次工程に流れる前に食い止める、ラインを停止させる自働化が必要です。停止させた上で、不良が出た原因を探ります。

検査工程では「良品と不良品を判定し、不良を除外する工程」と思われがちですが、検査の目的は「品質保証」です。「良品であることを保証する」ものだと考えれば、検査は不良を見つけるために存在しているのではありません。例えば、抜き取り検査により、抜き取られなかった製品が不良だったら、不良を後工程に流すことになります。また、管理図を使って「UCL/LCL(Upper/Lower Control Limit:上方/下方管理限界線)を超えているから、または、トレンドが偏っているから何らかの異常が起きている」と統計的に推測はできますが、データに現れている時点ですでに異常が起きていると考えられます。

つまり、抜き取り検査や管理図は、検査手段の合理化であっても、品質保証の合理化とは言えないです。TPSでは「不良そのものを発生させない」を目標としています。だから、理想的には、自工程完結による全数検査を行います。

品質保証を合理化するためには、以下のような「ポカヨケ」自働化を実現します。単純な例ですが、ポカヨケは作業の流れの中で、自然と行えるものが良いです。

  • 部品の穴あけ位置が左右逆になることがある → 治工具や作業台を工夫することで、部品が一定の方向でのみセットできるようにする。逆向きのセッティングは物理的にできないようにする
  • 穴あけ個数が図面よりも1個少ない状態で後工程に流すことがある → パンチやボール盤などにセンサを付け、穴あけ回数をカウントできるようにする。所定回数よりも少ないまま加工を終了すると、警告音が鳴るようにする
  • 左右・上下反対に部品を組み付けることがある(組み付いてしまう) → 一方向でしか組み付かない設計に変える。または、一方向でしか組み付けられない治工具を作る

全数検査は、必要最小限のリソース(できれば完全自動化)で行うのが理想です。今の技術であれば、AIを活用した画像認識技術による検査自動化が進んでいます。何も考えずいきなりAI導入に飛びつくのはよくないですが、不良を後工程に流さないためのポカヨケはアナログでもすぐにできると思います。短期的には、低コストでアナログなカイゼンから進めていきながら、中長期的にはAIなどの技術を導入するのが無難なやり方だと思います。

3.2. つくり過ぎのムダ

必要なモノを、必要なときに、必要なだけ、生産する。Just in Time(JIT)です。以下の①カンバンで仕掛在庫量を規制する、②小ロット流し、③段取りの改善、④稼働率ではなく可動率にて、各工程でのJIT化の実現を説明します。

①カンバンで仕掛在庫量を規制する

「TPSと言えばカンバン方式でしょ?」は正確ではないです。最初に述べたように、TPSの目的は「徹底的な非原価主義に基づき、継続的に利益を生み出す」のはずです。カンバンの役割は「工程間仕掛在庫量を規制する」=「工程間に常に必要最低限の仕掛品が存在するようにコントロールする」です。これにより、各工程にJITで部品供給されることで、仕掛在庫量が低減され、目的である「非原価主義」につながります。(理想は在庫ゼロ=ノンストックですが)

カンバンを適用するためには、後工程引き取り=PULL式が前提となります。前工程押し出し=PUSH式の場合、前工程の能力が後工程に比べて高いと、後工程の直前に仕掛在庫が滞留することになり、3.3.で説明する「在庫のムダ」が生じます。カンバンの具体的な使い方は、参考文献「トヨタ生産方式IE的考察―ノン・ストック生産への展開」をご参照ください。

カンバンは、アナログな方法で工程間仕掛品を見える化していると言えます。今の技術であれば、IC tagなどで部品のトレーサビリティを行うことで、部品そのものの情報、なされた作業、部品の位置情報などを取得し、生産管理につなげられます。カンバンをデジタルに置き換えた一例は以下になります。

www.sbbit.jp

小ロット流し

理想形は「1個流し」です。1個流しによる工程間仕掛品ゼロが理想ですが、それは現実的ではないです。なぜなら、工程間の能力は完全に同期化することはできず、突発的な作業者不足(欠勤など)などの外乱が生じることで、能力の高い工程の直前では仕掛品がなくなり、3.4.で説明する「手待ちのムダ」が生じるからです。これを防ぐための、必要最低限の仕掛品を「標準手持ち」と言います。

小ロット流しにする効果として、リードタイムの削減も期待できます。以下図のように、小ロット流しがリードタイム削減につながります。ただし、これが実現できるのは③の「段取りの改善」が前提になります。

参考元:トヨタ生産方式IE的考察―ノン・ストック生産への展開

③段取りの改善

②の「小ロット流し」を実現するためには、様々な品種に対応するための段取り替えが、ロット流しよりも頻繁に発生します。つまり、クイックな段取り替えが必要です。クイックな段取りをTPSでは「シングル段取り」と呼びます。「トヨタ生産方式IE的考察―ノン・ストック生産への展開」によると「段取り替えを10分以内(1桁分台)で行う」と書かれています。シングル段取り適用のステップは以下になります。

Step1:機械を止める必要のある内段取りと、機械動作中にできる外段取りを明確にわける

Step2:内段取りを外段取りに転化する(外段取り化できるなら、積極的に外段取り化する)

Step3:それぞれの段取りを改善する

Step3のの段取りの改善ですが、以下のような例が挙げられます。

  • 締め付け:ねじ山を削り取り、締結に必要なねじ山だけを残すことで、ねじを1回まわすだけで締め付けできるようにする
  • 脱着・固定:カセット式にする。すきまばめにより、スライド式で脱着可能とする。固定はピンやカムを利用する
  • 調整:回転体のバランシングの際、回転体を治工具に搭載するだけでセンター出しを可能にする。あらかじめセンターが出ている治工具を設計することで、搭載後の細かな調整作業をなくす

これらは締め付け、固定、位置出しといった作業をクイックに行うための治工具設計が重要となります。そのためには、治工具や部品にどういった外力がかかるのかを把握し、必要最低限の保持力と保持機構を付与する必要があります。

稼働率ではなく可動率

設備、機械には稼働率と可動率があります。両者の違いは、以下をご参照ください。

www.keyence.co.jp

上記を言い換えると以下になります。

稼働率:機械を常に動かし、つくれるだけつくる

可動率:必要なときに必要なだけ機械を動かし、必要なだけつくる

稼働率は「つくり過ぎのムダ」を生み、可動率はJITに基づいていると言えます。そのため、カンバンに基づいて、必要最低限の仕掛在庫量となるよう、機械の稼動率を抑えます。そして、JITで生産するためには、設備が必要なときに、必要なだけ動いてくれないと困ります。つまり、予期せぬ故障を防ぐ活動である設備保全TPM:Total Productive Maintenance)が必須になります。

最近は、IoT(Internet of Things)を活用した取り組み事例が多いです。センサやカメラなどを用いて常時設備をモニタリングし、異常の兆候を把握することで、故障する前にメンテナンスを行い、可動率を上げる取り組みです。

3.3. 在庫のムダ

3.2.の「つくり過ぎのムダ」で説明した内容に関連します。在庫は、加工前の素材の在庫、仕掛在庫、完成品在庫、そして不良品の在庫まで含みます。

後工程引き取り(PULL式)を前提としたカンバンによる仕掛在庫量の規制、JIT化、小ロット流しによる仕掛在庫量の適正化、JITと小ロット流しを実現するためのシングル段取りの適用がキーとなります。

3.4. 手待ちのムダ

手待ちが発生するのは、以下の場合が考えられます。

  1. 前後工程の能力のバランスに差がある(後工程の能力が前工程よりも高い場合)
  2. 内段取り化ができず、外段取りによって加工に取り掛かれない
  3. 作業者の急な欠勤や資格管理上、その作業者しかできない工程がある

1.の場合は、後工程の直前に「標準手持ち」があるようにします。ただし、この「標準手持ち」は3.3.の「在庫のムダ」の観点からすると、必要悪と言えます。理想はゼロですが、現実的ではないので、必要最小限の工程間仕掛品として標準手持ちを用意します。「標準手持ちがあるのは仕方ない」ではなく「標準手持ちをいかに削減するか」を常に念頭に置くことで、攻めの在庫管理につながると思います。

2.は「どうやったら内段取り化ができるのか」を常に考え、それでもできない場合は外段取りをシングル段取りの考え方によって、段取り時間を削減します。

3.は多能工化と標準化です。作業スキルの属人化をなくし、いつでも、誰でも、同じ品質で作業し、目標とする出来高を目指します。

3.5. 加工そのもののムダ

「なぜその加工方法を適用しているのか?」というように、目的に立ち返って考えます。これは、1.で述べたVE的視点と言えます。例えば、切削加工後のバリ取りが毎回発生する場合は、バリが発生しない加工条件を探索する。ニアネットシェイプ鋳造により、研削レスを実現する、などが挙げられます。

3.6. 動作のムダ

動作のムダをなくすためには、作業の標準化です。これは2.で説明した、ムリ、ムラにも該当します。作業者の力量に関わらず、やり方や順番を属人化させず、誰でも可能な作業手順が理想です。

作業の標準化の元になるのは、3.2.の「つくり過ぎのムダ」でも説明した「シングル段取り」や、個々人の持つベストプラクティスです。従来だと、ベストプラクティスはベテランから新人へと、作業(OJT)を通して教えられました。しかし、ベテランの不足、慢性的な人員不足により、技能伝承や教育がままならないという事例は散見されます。

そこで、目に見えないベストプラクティスをデータに落とし込み、誰もが利用可能な形に変換することが求められます。初歩的な段階では、作業者自身がノウハウや標準作業を蓄積(言語化)できるデータベースを用意し、作業者自身で内容をアップデートしながら、作業者全員がデータベースを参照して作業することで、標準作業の定着を図る、といった方法が考えられます。言語化したデータは、テキストマイニングで分類することで、手順書作成や注意ポイント集に役立ちそうです。

次のステップとしては、言語化の必要がない方法です。具体例を挙げると、アイトラッキングモーションキャプチャなどの技術を活用します。言語化できないベテランの技術(視線、手の動き、部位を見る順番、重点的に見る箇所など)をデータ化し、クラウド等で共有することで、必要なときに、必要なだけ、必要なスキルを習得するのを支援します。つまり、人材育成のJITと言えそうです。

www.tobiipro.com

connect.panasonic.com

ただし、アイトラッキング用のグラスは、作業の邪魔になるため、嫌がる作業者は多いです。アイトラッキングを現実的にするには、Google Glassくらい軽く、自然なかけ心地が理想的と思います。

www.yankodesign.com

3.7. 運搬のムダ

後工程の作業者が前工程の部品を取りに行くのは、付加価値の高い作業とは言えないです。『ちょっと待って、3.2.の「つくり過ぎのムダ」で小ロット流しを適用すると、運搬回数の増大を招くのでは?』というツッコミがあるかと思います。これの答えとして「運搬を自動化すれば良い」と思うかもしれませんが、まずはレイアウトの改善を図ります。類似工程ごとに工程を配置することで、運搬距離を最小化でき、その相乗効果として工場のエリアを効率的に利用できます。これにより、工程間仕掛量の削減と運搬の効率化が両立できます。

以上のように、まずはレイアウト変更、さらに改善が必要であればAGVなどを活用した運搬の自動化を考えます。AGVはレーザー誘導方式など様々な種類が存在しますが、本当に初歩的なものであれば、以下のようなものを自作するという手もあります。

 

www.youtube.com

 

4. まとめ

以上の説明を体系的にまとめたものが以下図になります。一点ご注意いただきたいのは、7つのムダに対応する基本的・発展的アクションは、各々のアクションと相互依存関係にあり、お互いがお互いにフィードバックを掛け合う構造になっています。

 

5. 所感

TPSのよくある説明では、「カンバン」「JIT(Just in Time)」「標準化」などの言葉が大々的に独り歩きしている印象を受けます。それを表面的に理解したまま現場に適用すると、かえって現場の混乱を招きかねないです。これが、私が「トヨタ生産方式IE的考察―ノン・ストック生産への展開」から読みとった最重要点です。生産技術者の私は「TPSの本質を理解し、現場改善に役立てたい」と思い、この本を手に取り、参考文献から得た知見をもとに、ブログとして私の理解をまとめました。TPSの専門家、生産現場のベテランの方々から見たら、まだまだ至らない点が多いかと思います。お気づきの点があれば是非とも、FBいただけたら幸いです。

また、TPSには、今日の製造業DXを推進するための基本中の基本と言っていい内容が網羅されていると考えています。TPSはあくまで理論であり、考え方の指針でしかないので、それを各々の現場の現状に合わせて、使い込むことで効果が発揮されます。製造業だけでなく、コンサルタントSIerの方々など、幅広い方々にTPSを深く理解し、活用するためのきっかけになれば幸いです。

 

6. 参考文献

以下、本ブログ執筆にあたり、参考にした書籍になります。

www.amazon.co.jp

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